2017年11月4日土曜日

「亡命」富豪めぐる米中攻防、スパイ映画さながら

駅や空港での接触、国務省と司法省が対立も

    中国人実業家で富豪の郭文貴氏は今年5月、ニューヨーク五番街にあるシェリー・ネザーランドホテルの18階で中国国家安全省の当局者4人と面会した。
 
    中国を逃れて米国で「亡命」状態にある郭氏は、数カ月にわたり中国政界上層部や同国実力者の腐敗疑惑をツイッターに投稿している。数時間におよんだ国家安全省との面会では、そのような活動をやめて中国に戻るよう促された。指示に従えば郭氏の資産は凍結を解除され、親族も安全に暮らしていけると伝えられた。
 郭氏の証言や同氏がインターネット上に公開した録音などによれば、国家安全省のリウ・イェンピン氏は「解決策を探るため」、中国政府の代行としてホテルを訪問したと述べている。リウ氏の態度は友好的なものとはほど遠く、郭氏にどのようなリスクが生じるかも示された。「このようなことを永遠に続けられるわけがない」と話したリウ氏は、「本当のことを言うと、私はあなたのことを心配している」とも述べている。

  張り詰めた面会はその後、郭氏の処遇をめぐる米政府内の議論に発展。経済および軍事面で最大のライバルである中国に米国がどう接していくのか、当局者の考え方の違いが露呈されたと関係者らは話す。貿易摩擦、サイバースパイ、そして対北朝鮮政策などで米中の意見が一致しない中、ニューヨークに滞在する郭氏の存在は米中間の緊張に拍車をかけている。
郭氏が撮影した国家安全省当局者らとの面会の様子

    郭氏と面会した国家安全省の当局者は公的業務を遂行するためのビザで入国していなかったため、米連邦捜査局(FBI)の目にも止まったという。事情に詳しい関係者によれば、FBIは対応に動く構えだったが、対中関係でより柔軟な路線を探る国務省などと意見が一致しなかった。
 郭氏は中国政財界の大物、そして北朝鮮に関する価値ある情報を手にしていると主張する。そのため、米国の安全保障当局者の中には郭氏が対中交渉の有力な切り札になるとする意見もある。
 事態が新たな展開を見せたのは、ドナルド・トランプ米大統領に中国政府からの書簡が届いた時だ。書簡を届けたのはカジノ界の実力者でマカオにも進出しているスティーブ・ウィン氏。トランプ氏は中国政府の要望に応じて郭氏を強制送還することも考慮したが、他の政府高官らに止められたと事情に詳しい関係者は話す。
 
ワシントンの在米中国大使館は今回の件についてコメントを控えるとした。

 ウィン氏が率いる ウィン・リゾーツ のマイケル・ウィーバー最高マーケティング責任者(CMO)はウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に対し、「ウィン氏にまつわる報道は事実と異なる。それ以上、彼がコメントすることはない」と述べた。

3年前に中国から逃亡

 北京を拠点に不動産事業で財を成した郭氏は、自身と親しかった国家安全省の当局者が政府の汚職撲滅運動の一環で拘束されることを知り、2014年に中国から逃亡。中国政府はその後、贈収賄や誘拐、詐欺、マネーロンダリング(資金洗浄)、性的暴行など少なくとも19の重罪を犯した容疑で郭氏を捜査している。中国政府は郭氏が人目を引きたいだけの犯罪者だというレッテルと貼ろうとした。一方で郭氏はこれら疑惑をすべて否定する。

 郭氏は正式に亡命を申請しているが、米政府はまだ判断を示していない。同氏は2015年に6750万ドル(約76億5000万円)を払い、セントラルパークを見下ろすシェリー・ネザーランドの部屋を購入。その部屋で中国の情報当局である国家安全省との面会が実施されたのは5月24日だった。
 国家安全省のリウ氏らは、米国を経由して他国に向かう際に使われる通過ビザで入国し、シェリー・ネザーランドを訪れた。郭氏は妻の渡米が認められたため、国家安全省との面会に応じたと話す。

 ホテルの一室では身柄を拘束された郭氏の親族や会社の従業員についての話が交わされたほか、反共産党を訴える活動をやめれば中国政府も寛容に対応すると伝えられた。郭氏はその要求を聞き入れなかった。
 FBIの捜査官がニューヨークのペンシルベニア駅で中国当局者を呼び止めたのは、帰宅ラッシュが始まる24日の午後5時頃。当初、中国側は文化事業に携わる外交官だと主張したが、その後に国家安全省に所属していることを認めた。FBIは不正ビザでの滞在を理由に直ちに出国するよう伝え、郭氏に再び接触しないよう要請した。
 中国当局者は首都ワシントン行きの電車に乗車し、FBIも彼らが24時間以内には米国を去ると考えていた。しかし2日後の5月26日、リウ氏らは午後の便に搭乗する前に再び郭氏の部屋を訪れた。

空港での逮捕めぐり不和

 郭氏は中国当局者が再び部屋を訪れると米捜査当局に伝えていた。関係者によると、ブルックリンの地区検察局は不正なビザ利用や強要の疑いで動くべく準備していた。FBIの捜査官らは午後4時50分発の中国国際航空の便に間に合うよう、ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港に向かった。

 その頃、国家安全省の当局者らは郭氏の妻が準備した食事を口にしていた。渡米を認められた郭氏の妻は、リウ氏に感謝していたという。ただ郭氏は、中国政府の寛容な対応の引き替えに沈黙するよう求める申し出を再度断り、当局者らを見送ったと話す。
 空港での逮捕に向け、検察当局は政府からの最終判断を待つ段階にあった。FBIの捜査官が ボーディングブリッジで待機していたその頃、ホワイトハウスの安全保障当局者は国務省や司法省、国防総省、情報機関の関係者らと電話会議を行っていた。

 国務省当局者は、中国に滞在する米国職員が報復行為を受ける恐れがあるとして、ケネディ空港での逮捕をためらった。空港で中国当局者に追加検査を実施して搭乗を阻止し、時間を稼ぐ案も提示されたという。しかし意見が一致せず、空港で待機するFBI捜査官は中国当局者の携帯電話を押収するにとどまった。

中国政界上層部の汚職疑惑に関する資料   

    一連の出来事について、国務省は「今回のような判断は複数機関の総意に基づくものだ」と書面を通じて説明した。

 一方、司法省の広報担当者は「外交官や領事館員、また大使館員ではない個人が、司法長官に事前通知することなく他国政府の代行として米国内で活動することは犯罪行為だ」と指摘。その上で、米国は中国との間では国外逃亡者の扱いで「継続的な協力にコミット」しており、また米国は「いかなる国からの逃亡者にとっても避難先ではない」と続けた。

 米国と中国は犯罪人引き渡し条約を締結していないため、これまで問題が生じたこともある。2014年以降、中国は汚職で訴追された国外逃亡者の身柄確保を世界中で強化している。この動きは「キツネ狩り作戦」とも呼ばれ、中国国内の親族に圧力をかけたり、逃亡者の資産を凍結したり、捜査官を直接送り込んで個人的に脅すこともある。

 その時トランプ大統領は
 
    ケネディ空港での一件に関わった米国の当局者らは6月、政策調整会議の場で事件を振り返り、そこで激しい議論が繰り広げられた。当時、国家安全保障会議(NSC)の情報活動シニアディレクターを務めていたエズラ・コーエン・ワトニック氏は、東アジア情勢に精通するスーザン・ソーントン国務次官補代理を批判。中国が米国で不法行為を繰り返しているにもかかわらず、国務省が捜査当局を妨害していると述べたと関係者は明かす。

 一方、国務省当局者は、FBIが事前に許可を得ないまま中国当局者と接触を試みたことを批判したという。関係者によると、国務省のローラ・ストーン氏は中国ですでに報復行為を受けているとし、中国を出国しようとした際にノートを押収されたと訴えた。
 だがFBIの防諜部門でアシスタントディレクターを務めるビル・プリースタプ氏は「それはあなたが中国で誰かの誘拐や強要を試みていたからか」と切り返した。
 ホワイトハウスの大統領執務室では同じく6月、中国政府が最新技術などを米企業の研究室から盗みだそうとしている疑いについて、トランプ氏が説明を受けた。その会議をよく知る関係者によると、マイク・ペンス副大統領やジャレッド・クシュナー上級顧問らも出席したその場で、トランプ氏は90日以内に選択肢を示すよう指示。それと同時に、米国から直ちに送還されるべき「中国人の犯罪者」が少なくとも1人はいると述べたという。関係者によると、トランプ氏はその際、郭氏の送還を求める中国政府からの書簡について触れていた。
 トランプ氏が書簡を目にしたのは、ホワイトハウスで開かれた非公式な夕食会でのことだったと関係者は明かす。書簡を手渡したのは共和党全国委員会で財務部門のトップを務め、カジノ業界の大物として知られるウィン氏だ。同氏がマカオに所有する複数のカジノは、中国政府からの認可を受けなければ経営ができない。

ホワイトハウスの広報担当はこの件についてコメントを控えるとした。

 一部のトランプ氏の側近は、郭氏が「マール・ア・ラーゴ」(トランプ氏がフロリダ州に所有するリゾート施設)の会員であることなどに言及し、その話題を終わらせようとしたという。関係者によると、側近らは将来的に中国との交渉材料に利用すべく、郭氏が強制送還されないよう努力を続けた。
その郭氏は10月4日、米国の有力シンクタンクであるハドソン研究所で講演する予定だった。同じ日、中国の郭声コン公安相がジェフ・セッションズ米司法長官らと面会し、サイバーセキュリティーなどについて意見交換することも決まっていた。
 郭氏の講演を前に、ハドソン研究所は数日にわたって上海からサイバー攻撃を受けたと研究所の広報担当者は明かす。中国大使館もハドソン研究所の関係者に電話し、郭氏に話す機会を与えないよう警告したと複数の関係者は話す。

 結局、ハドソン研究所は郭氏の講演イベントを中止。ケネス・ワインスタイン所長は中国政府からイベントを開催しないよう「説得を試みる」動きがあったことを認めたが、中止を決めたのは中国からの圧力によるものではなく、準備の不手際が原因だったと話している。

By Kate O’Keeffe, Aruna Viswanatha and Cezary Podkul
2017 年 10 月 25 日 09:46 JST ウォール・ストリート・ジャーナル  

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